東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1568号 判決 1967年10月30日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。別紙第一目録記載(一)の土地及び別紙第二目録記載(一)の建物が控訴人の所有であることを確認する。被控訴人は、控訴人に対し、別紙第二目録記載(二)の建物の二階のうち別紙第一目録記載(一)の土地上にある部分(新潟市古町通九番町一四一〇番地一地先坂内小路歩道上に建設してあるコンクリート造逓信電話柱西七ホ1―七八号の中心を基点とし、同基点から二〇七度三〇分二一間九四の地点を(イ)点、(イ)点か二九四度〇〇分六間六二の地点を(ロ)点、(ロ)点から二〇四度〇〇分五間二五の地点を(ハ)点、(ハ)点から一一四度〇〇分、六間二二の地点を(ニ)点とし、(ロ)点と(ハ)点とを結ぶ直線の東南側の部分二三坪三合三勺)を収去して右(一)の土地(実測三四坪七合五勺にして、その範囲は、右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の各点を順次結ぶ直線で囲まれる部分)を明渡し、かつ別紙第二目録記載(一)の建物を明渡せ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、被控訴代理人において、甲第一五号証の一、二を提出し、当番証人山崎正一の証言及び当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、控訴代理人において、原判決一〇枚目裏八行目「被告は」以下同九行目「買受けたものであつて、」を「控訴人は、別紙第二目録記載(一)の建物及び別紙第一目録記載(一)の土地を半治郎から代金二四〇万円で買受けたものであつて、」と訂正し、当審証人関口忠次郎の証言を援用し、甲第一五号証の一、二の成立は不知と述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるので、これを引用する。(但し、原判決中「山崎半次郎」とあるのは、「山崎半治郎」の誤記と認める。)
理由
訴外水上タネが、もと、新潟市西堀前通八番町一五二三番宅地五七坪八合九勺及び同所々在家屋番号同町二五番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪四一坪一勺を所有し、右土地を別紙第一目録記載(一)(二)の土地に分割し、右建物を同目録記載(三)(四)の建物に分割したこと、右(一)ないし(四)の土地建物につき、昭和二七年一二月二日水上タネから被控訴人に対する売買に因る所有権移転登記が為されたことは、当事者間に争がない。被控訴人は、右(一)ないし(四)の土地建物は、被控訴人が水上タネから買受けたものであると主張するのに対し、控訴人は、藤村半治郎が水上タネから買受けたものであると主張するのでこの点について判断するに、成立に争のない甲第一、二号証、乙第三号証の六、同第四号証の二、五、同第五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第九号証原審及び当審証人山崎正一、原審証人伊藤ヨイ、同山崎ヨセ、同岡崎潔の各証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果(原審は第一、二回)によると被控訴人は、夫池田洪爾と離別した後、自活するため、昭和二六年新潟市内のカフエー「アポロ」に勤めたところ、同カフエーの客藤村半治郎と懇意となり、同年九月頃から同人と情交関係を結び、同市内田中町に間借りして同人の妾となつたが、相変らず同カフエーに勤め、ゆくゆくは独立して小料理屋を経営したい望みを持つていたところ、昭和二七年春別紙第一目録記載(一)ないし(四)の土地建物が売りに出されているのを知り、半治郎と相談の上同人の援助を受けてこれを買受け、小料理屋を経営することを決意し、その頃仲介人長井永吉を通じ、水上タネからこれを月賦払の約で代金一二五万円で買受け、右代金のうち金七〇万円は半治郎から提供を受け、不足分は、自己の手持金約一〇万円及び母、山崎ヨセ、姉伊藤ヨイ等からの援助資金により支弁し、代金完済の上昭和二七年一二月二日被控訴人名義で所有権移転登記を受け、右登記の翌日右土地建物に株式会社新潟相互銀行のため元本極度額金四〇万円の根抵当権の設定登記をして、同銀行西支店から被控訴人名義で金三五万円を借受け、これを改造費等に充て、同年暮頃から被控訴人を営業名義人とし金龍軒の商号で小料理屋営業を開始したこと、営業開始までに右土地建物購入代金のほか改造費、電気設備費、備品什器の購入費、仲介手数料、登録税等を加え合計約金一七〇万円を支出したが、右のうち半治郎が提供した七〇万円以外のものは、被控訴人の手持金、前記の借入金により支弁したものであること、右所有権移転登記を申請するに当り、被控訴人は、半治郎と同道して司法書士岡崎潔方に赴き、同人に対し、買主を被控訴人とする登記申請を委任したことが認められ、成立に争のない乙第四号証の三の記載中右認定に反する供述部分は、前顕証拠に対比して措信しがたい。右認定の事実によると、半治郎は、妾である被控訴人が独立して営業を開始するにつき土地建物の所有権を被控訴人に取得させるための金銭的援助をしたのにとどまり、別紙第一目録記載(一)ないし(四)の土地建物の買主は名実ともに被控訴人であると認めるのが相当である。原審証人野沢実三郎の証言中には右認定に抵触する部分があるが、右認定を動かすに足りるものではない。また、右(一)(三)の土地建物につき、昭和二八年六月四日被控訴人から半治郎に対する売買に因る所有権移転登記が為されたことは、当事者間に争がないが、成立に争のない乙第四号証の三、前顕乙第三号証の五、原審証人伊藤ヨイ、同岡崎潔の各証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果(原審は第一、二回)によると、半治郎は、被控訴人が他の男性と情を通じ、その援助により右(三)(四)の建物に二階を増築するとの噂を耳にし、右(一)ないし(四)の土地建物を購入する際前記のように金七〇万円を提供している関係上右土地建物を自己の手に確保すべく、被控訴人の実印と右(一)(三)の土地建物の権利証を被控訴人に無断で使用し、自己名義に所有権移転登記を申請したものであること及び右事実は直ちに被控訴人の知るところとなつたので、半治郎は被控訴人に謝罪するとともに登記名義を被控訴人に回復することを約し、翌六月五日被控訴人と同道して前記司法書士岡崎潔事務所を訪ね登記名義人の変更方を依頼したが、そのためには諸費用として合計約二万八〇〇〇円を必要とすることが分り、当時その捻出が困難であつたので、将来適当の機会を見てこれを実行することとしたところ、その頃昭和二九年七月三〇日被控訴人と正式婚姻の届出をなし(婚姻届出の事実は当事者間に争がない。)昭和三一年六月頃からは同棲するようになつた関係もあり、右登記名義人はその後変更せられないままになつていたことが認められるから、右事実も前段認定を覆えすに足らず、半治郎の右所有権取得登記は、もとより登記原因を欠く無効のものというべきである。
次に、右(三)(四)の建物が増改築されたことは、当事者間に争がないところであるが、右増改築により、右建物が滅失したものであるかどうかの点及び増改築後の建物の所有者が誰であるかの点について考察する。原審証人中野幸夫の証言、同証言により真正に成立したものと認める甲第三号証、成立に争のない甲第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第五号証の一ないし四、同第一〇、一一号証、前記乙第四号証の三(一部)、同第五号証、原審証人山崎正一、同伊藤ヨイの各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)によると、被控訴人は、半治郎と相談の上、右(三)(四)の建物を取毀し、そのあとに従前の建物とほぼ同じ建物と西北側に二階を築造することとし、昭和二九年四月頃、木材は半治郎が提供し、壁工事を除いて右建築工事を池幸夫に請負わせ、同人は、従前の建物を全部取毀し、基礎は、従前のが石であつたのをコンクリートとし、土台も全部新規のものを用い、屋根裏等に従前の建物の古材料を用いたほかは柱等全部新材を用い、約二ケ月を要して工事を完成したこと、代金は、当初の見積額金七五万三一四〇円を約金六〇万円に減額させたが、工事の途中半治郎提供の約一五万円相当の木材では不足したので、所要の木材代約金二〇万円を追加した結果工事代金は合計約八〇万円となり、これに壁工事代金、建具費、什器購入費等を加えると全部で約金一七〇万円を要したが、被控訴人は、同年六月二二日株式会社大光相互銀行から金三〇万円を借受けて右費用に充てたほか営業収入により月賦で逐次支払を済ませたこと、さらに、その後昭和三一年一〇月七日、被控訴人は、株式会社東新建設に対し、右二階建建物の東南側に二階二五坪の増築工事を代金八三万円で請負わせ、電気工事代金等を含め約一〇二万円を要したが、右費用は、被控訴人において株式会社新潟相互銀行西支店から同年一二月中二回にわたり借受けた合計金一〇〇万円と自己の手持金で支払を済せたことが認められる。右認定の事実によれば、別紙第一目録記載(三)(四)の建物は、昭和二九年二階建の建物を新築する際取毀されて滅失したのであり、そのあとに建てられた二階建の建物は、昭和三一年に増築された二階部分を含め、被控訴人の所有であると認むべきである。
そして右二階建の新築建物が昭和二九年建築当時木造瓦葺二階建店舗兼居宅一階四〇坪七合八勺二階二〇坪余であり、昭和三一年増築の結果二階が四五坪四合九勺となつたことは、当事者間に争がなく、別紙第一目録記載(三)(四)の建物が昭和二九年滅失したにかゝわらず、被控訴人の申請により昭和三二年八月一二日右(四)の建物が別紙第二目録記載(二)の建物と表示の変更登記が為され、半治郎の申請により同年九月二七日右(三)の建物が別紙第二目録記載(一)の建物と表示の変更登記が為され、別紙第一目録記載(一)の土地及び別紙第二目録記載(一)の建物につき新潟地方法務局同年九月二七日受付第一三、六八五号をもつて半治郎から控訴人に対する所有権移転登記が為されたことは、当事者間に争がなく、原審における検証の結果によれば、別紙第二目録記載の建物が別紙第一目録記載(三)(四)の建物に増改築が為されたかの如き外観を呈するにいたつたことが認められる。
しかしながら、原審証人中野幸夫の証言原審における鑑定人清野力の鑑定の結果及び検証の結果によれば、昭和二九年に建てられた前記二階建の建物は、その後の増築部分を含め、別紙第二目録記載(一)(二)の各建物というようにいずれも独立性を有せず、区分所有権を認め得ない一箇の建物であることが認められるので、成立に争のない乙第一号証、同第三号証の一、同第四号証の四、前顕乙第四号証の三原審証人野沢実三郎、当審証人関口忠次郎の各証言を併せ考えると、半治郎は昭和三二年八月被控訴人を相手に新潟地方裁判所に離婚の訴を提起したが(これより先、昭和二九年七月三〇日両者の婚姻届が為されたことは、当事者間に争がない。)、右訴訟に要する費用を調達するため、別紙第一目録記載(一)の土地と右二階建建物階下のうち控訴の趣旨掲記の(ロ)点と(ハ)点とを結ぶ直線の東南側に属する部分二三坪三合三勺が自己の所有であるとして、これを担保に、その頃、野沢実三郎を通じ、控訴人から金二〇万円を一ケ月後に弁済する約で借受けたが、弁済の見込がなかつたので、控訴人に右土地及び建物部分の買受方を申入れ、控訴人は、同年九月これを代金二四〇万円で買受け、右貸金二〇万円を代金に充当したことが認められるけれども、右売買は、被控訴人の所有に属し、しかも区分所有権を認め得ない建物の一部についてなされたものであつて、もとより所有権移転の効力を生じえないものというべきである。
控訴人は、被控訴人は、半治郎と通じて右土地と建物の階下部分について虚偽の意思表示による売買をなしたものであるから、半治郎からこれを善意で譲受けた控訴人は、その所有権を取得したと主張するけれども、右土地、建物の所有名義が半治郎に変更せられ、それがそのまま放置せられていた経緯は前段認定のとおりであり、両者間に控訴人主張のように虚偽表示による売買が行われたと見る余地が存しない。(被控訴人が、昭和三一年一一月一二日株式会社新潟相互銀行と元本極度額八〇万円の貸付契約を締結し、半治郎所有名義の右土地及び別紙第二目録記載(一)の建物に根抵当権を設定登記したことは、当事者間に争がないが、前段認定の事情から登記名義を被控訴人に変更せず、便宜半治郎名義のままで根抵当権を設定登記したものと認められ、右事実も、また虚偽表示による売買の事実を認めうべき資料となりえない。)のは勿論、区分所有権の成立を認めえない建物の売買である点からいつても、控訴人においてその所有権を取得しえないものといわなければならない。
従つて、右土地につき控訴人のため為された前記所有権取得登記の抹消登記手続を求める被控訴人の本訴請求は、理由があるが、所有権を有することを前提とする控訴人の反訴請求は、理由がない。次に、別紙第二目録記載(一)の建物につき控訴人のため為された前記所有権取得登記の抹消登記手続を求める被控訴人の本訴請求について考えるに、右建物は、前認定のとおり、既に滅失しており、被控訴人は、前記二階建新築建物の保存登記を申請するがため、これが前提として、右(一)の建物の滅失登記を申請する必要があるので、右(一)の建物が滅失した当時における真正の所有者たる被控訴人は、控訴人の前記所有権取得登記の抹消登記手続を求めうるものと解すべきであるので、被控訴人の右請求は、これを認容すべきである。
よつて、被控訴人の本訴請求を認容し、控訴人の反訴請求を棄却した原判決は、相当にして、本件控訴は、これを棄却すべく、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
別紙
第一目録
(一) 新潟市西堀前通八番町一五二三番一
宅地 三四坪六合四勺
(二) 同所同番二
宅地 二三坪二合五勺
(三) 同所一五二三番地一
家屋番号同町二五番
木造瓦葺平家建居宅 一棟
建坪 二三坪二合九勺
(四) 同所同番地二
家屋番号同町二五番二
木造瓦葺平家建居宅 一棟
建坪 一七坪七合二勺
第二目録
(一) 新潟市西堀前通八番町一五二三番地一
木造瓦葺二階建店舗兼居宅 一棟
建坪 四〇坪七合八勺
外二階 四五坪四合九勺
の内東南側
家屋番号同町二五番
木造瓦葺平家建居宅
建坪 二三坪二合九勺
(二) 同所一五二三番地一同番地二
木造瓦葺二階建店舗兼居宅 一棟
建坪 四〇坪七合八勺
外二階 四五坪四合九勺
の内西北側
家屋番号同町二五番二
木造瓦葺平家建店舗兼居宅
一階 一七坪四合九勺
二階 四五坪四合九勺